よろず屋小隊

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持続する緊張「KGBの男」「キム・フィルビー」

ジャーナリスト出身のイギリス人作家、ベン・マッキンタイアー著「KGBの男」「キム・フィルビー」を読みました。何れも第二次大戦後の東西冷戦を舞台に、前者はKGBソ連)を裏切り、MI6(イギリス)の二重スパイをしていたKGB高官のイギリスへの亡命事件、後者はMI6に長年勤務しながら、ひそかに国を裏切りソ連側のスパイとして活動していた男の実話を描いたものです。

 

 

この手のノンフィクションは中学生のころに読みふけって以来、ほとんど読む機会がありませんでしたが、読んだところ何という面白さ、小説以上の興奮で、あっという間に2冊とも読み通してしましました。

それぞれの本で描かれるのは、ソ連とイギリスの諜報組織に勤務しながら、政治的信念やスパイ特有の欲求から、勤務先の国を裏切り、それぞれにとって最大の仮想敵国の二重スパイとなった男の人生です。

KGBの男」ではオレーク・ゴジエルスキーというKGB職員が、KGBに勤務しながらひそかにイギリス側二重スパイとしてイギリス側に大量の機密情報を渡し、「キム・フィルビー」ではMI6に長年勤務し、魅力的な人柄と有能さからトップクラスまでのぼりつめたキム・フィルビーという職員が、実はMI6に入る以前から二重スパイとして、ソ連側に大量の極秘情報を渡します。彼らは自分以外の人間には二重スパイという正体を一切明かさず、家族を含む周囲のあらゆる人間を騙し続け、身内に正体を特定され、逮捕・処刑される恐怖を常に感じつつ、長年にわたり二重スパイ生活を続けます。

著者のベン・マッキンタイアーは何れの本でも、関係者への取材に基づいた丹念な描写はもちろんのこと、単なる事実の羅列にとどめず、あくまでスパイとその家族、同僚、知人、敵対者、協力者との人間模様を通して、二重スパイの孤独さを浮き彫りにします。二重スパイは最後に身内に正体を特定され、逮捕される危機に瀕しますが、ここで長年スパイ活動を続けた組織に救援メッセージを出し、亡命を試みようとします。

KGBの男」ではついにソ連側に正体がばれたゴジエルスキーが、前々よりMI6と打ち合わせていた救援の合図を出し、常時KGBに監視されている脱出不可能なモスクワから、奇想天外かつ大胆な方法で西側に脱出を、「キム・フィルビー」では過去に身内から二重スパイの疑いをかけられるも、見事な演技で疑念を払しょくしていたフィルビーが、意外な人物の証言から正体を暴かれ、レバノンベイルートからソ連側への逃亡を決意します。

真実は小説より奇なりとは言いますが、周囲すべてを裏切りながら活動する二重スパイの生活の奇妙さ、面白さと、あまりにも奇想天外な脱出作戦まで、最初から最後まで緊張感が持続する見事な作品でした。また翻訳本として、日本語訳を担当した小林朋則氏の訳が非常に素晴らしい。内容が優れていても翻訳で読みにくかったら台無しですが、そのようなことは一切なく、下手な日本人著者の数倍読みやすく、明快な日本語訳です。

同じ作家の第二次大戦の二重スパイ作戦をあつかった著作「英国二重スパイ・システム」「ナチを欺いた死体」「ナチが愛した二重スパイ」もあり、順次読んでいく予定です。