よろず屋小隊

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美しき戦争映画『大空への道』

<あらすじ>

1941年。とある英空軍基地に新人のピーター(ジョン・ミルズ)が配属された。ピーターは隊員や隊長とすぐに打ち解け、特に同僚のデヴィッド(マイケル・レッドグレイブ)と親しくなる。デヴィッドは町の女(ロザムンド・ジョン)と結婚して一児を授かるも束の間、ドイツ本土への爆撃任務で帰らぬ人となる。ピーターはデヴィッド夫人の店で働くアイリスと恋仲になりつつあったが、彼の死をきっかけに結婚を躊躇するようになる。やがて月日は流れ、アメリカ軍が基地にやってくる。最初は文化や価値観の違いで反目することも少なくなかった彼らはやがて親しくなり、故郷に妻子がいる米軍パイロットのジョニー(ダグラス・モントゴメリー)は未亡人に仄かな恋心を抱く…

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思わぬ拾い物とはこの映画のこと。1945年に公開されたこのイギリスの戦争映画には驚いたことに一切戦闘シーンがない。戦闘機や爆撃機はふんだんに写るが、基地から発進・帰還する場面のみで、ドイツ軍も一切登場しない。だが、そうかといって退屈なことなど無く、むしろ一切戦闘場面を排したことで、戦争の中で揺れ動く軍人と市井の人々のドラマを余す事無く描くことが出来ている。

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『大空への道』には100分の中に戦争での人々の喜び、悲しみ、勇気、恐怖、友情、愛情、不安が全て盛り込まれている。映画は最初に1945年現在の廃墟となった「元」基地を写し、1941年に時間を移す。1941年から1944年までの架空の空軍基地と町を舞台に、そこに生き、戦った人々のドラマが描かれる。ある者は戦死し、ある者は生き残り、ある者は結婚し、ある者は同僚の死をきっかけに結婚を拒む。英空軍(RAF)の基地はやがて米軍との共同基地になり、「米兵は紅茶のポッドも温めない」などお互いに文句を言っていた米英の兵士たちはかけがえのない戦友となり、機体も旧式のブレニム爆撃機から「空の要塞」B17に変わる。町には連日爆撃機の音が響き渡り、パイロットを夫に持つ妻は、子供の世話をしながら不安げに窓の外を見、未亡人は亡き夫の残した詩を大切に持ち続ける。

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当時のイギリスの家庭が体験したであろう戦争像が生々しくも、イギリスらしく実に上品に描写され、観る者に感動をもたらす。とにかく悲しく、明るく、美しい映画だ。

この映画では爆撃機のパイロットが帰還すると必ず「scotch and soda」を飲む。グラスにスコッチを注ぎ、スープやゼリーでも入りそうな銀の脚付ボウルから「おたま」で炭酸水を掬って上から注ぐ。こういった演出も堪らない。今度やってみよう。

戦争が遥か70年前になった現在の我々が見ても感動を受ける本作を、45年当時に見た観客は何を想ったのか。そういった歴史の重みと、戦った人々の勇気に感動する本作。英空軍と米軍の協力を得て撮影され、明らかに当時のイギリス国民に向けてのエールと、戦争への振り返りを与えるプロパガンダ映画の側面があった筈だが、実に丁寧で上品な演出と、ドイツ軍・ドイツ人に対する描写が全く無いことで、現在見ても全く古びない。戦争映画好きで無くとも、見て損のない傑作である。

なお、兵士の帰りを静かに待ち続ける基地の描写や戦後の基地の様子から過去に時間が移る演出など、4年後に作られた名作『頭上の敵機』に影響を与えたのだろうか。ブロードウェイ社から単品でDVDが出てる他、コスミック出版から発売されている10枚組み1900円の格安DVD「激戦」BOXに収録されている。