よろず屋小隊

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ブラック戦車隊東へ!『肉弾戦車隊』

軍隊というのはつくづくブラック企業である。兵士は雀の涙の給料で朝から晩まで肉体労働に勤しみ、下手な真似をしてもしなくても時には休日が潰れ、実戦になればヘマしてもしなくても死ぬ可能性がある。国に帰れば国を守るヒーローという栄誉が基本的にはあるが、戦地で戦う兵士は実にストレスフル。この『肉弾戦車隊』も軍隊のプロパガンダ映画ながら、コワーイ上司に苦しめられる実にストレスフルな兵士たちの生活を描いている。

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ナチを追い詰めんとドイツ領内に向けて進攻を続けるフランスの米軍戦車隊。ドイツ戦車との死闘で車長と操縦士を失ったM4シャーマンカリフォルニア・ジェーン」に新たな車長サリバンが操縦士と共に赴任してくる。部下を酷使し、人を人とも思わないサリバンに対し、乗員たちは反発するが、数々の激戦を経てやがて固い絆で結ばれる。いわゆる「鬼軍曹もの」で、40~50年代の戦争映画を見ていると2本に1本は出てくるもっともベタなプロットだ。お調子者、変り者、マジメ君、好青年と登場人物がしっかり書き分けられており、楽しめるがお話としては可も無く不可も無くといった出来。しかしミリタリー要素が同系列の映画とは比較にならないほど充実しており、戦争映画ファン、特に戦車好きには以前から隠れた人気があった映画だ。大昔にテレビ放送されて以来、ソフト化されず日本国内では見ることが難しかったが、ブロードウェイからDVDが発売され、また格安DVDにも収録されたことで初めて見ることが容易になった。筆者は10枚1900円の格安DVDで見たが、画質音質ともに素晴らしく、おそらく正規のマスター映像を使っていると思われる(著作権対策でクレジットの著作権表記がモザイクで消されている)。1951年に公開されたモノクロ作品で、日本では遅れて55年に公開された。

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原案はあの「鬼軍曹」サミュエル・フラーで、戦地における上司と部下、男と男の友情や信頼の物語は実に彼らしいが、脚本・監督は別人。監督を手掛けたのは『総攻撃』『ガダルカナル・ダイアリー』など、ドキュメンタリー・タッチの映画を得意としたルイス・セイラーで、この『肉弾戦車隊』も欧州の米軍戦車隊の様子を、米軍の協力を得て大量のシャーマン戦車を動員して再現している。

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車内外に日用品を積み上げた生活感に満ちた戦車の描写や、アメリカ映画では極めて珍しい「強い」ドイツ戦車が登場し、シャーマンの75ミリ砲が貫通せず、一方的に撃破される様は実にマニアックだ。30台もあろうかというM4戦車が進撃するオープニングから最後までずっと戦車尽くし。実物の88ミリ砲やM36を改造した独軍戦車、M26パーシングも大活躍を見せ、米軍戦車が登場する映画としては間違いなく最高の映画だろう。強いドイツ戦車、リアルなシャーマン戦車の演出、戦争後期の戦闘など、どこか昨年公開された『フューリー』の前日談と言えそうな話だ。尤も『フューリー』とは異なり、残虐だったり暴力的な米兵は一切登場せず、皆何だかんだでお気楽で、大時代なナレーションは全面的に米軍を称えている。捕虜として登場するドイツ軍の将校が野蛮なヒトラー信者として描かれているあたりは実に50年代らしいが、主人公の部隊でドイツ系アメリカ人の兵士が活躍し、解放された町で祖父母に再会する感動場面が登場するあたり、「ヒトラーとドイツ兵は悪だが、ドイツ市民は悪人とは限らない」という当時のアメリカのスタンスが露骨に脚本に反映されている。

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物語としては一兵卒が将軍と話せたり、わずか2名で数十人のドイツ兵を捕虜とするなど、現実味の薄い話も多いが、サリバンの中盤までの非道っぷりは必見。理想のボス像として「部下を思う故に厳しく接する」というのは会社も軍隊も同じだが、一旦戦車任務を離れた部下を無理やり戦車に引き戻したり、実戦で戦車止めに乗り上げさせたり、かなり無謀でサディスティックな行動も多く、やりすぎに思える場面も多い。今だとサイコパス扱いされそうな男だ。いくら最後は信頼するとはいえ、何か月もこの人の下で無謀な突撃ばかりさせられていたら気が滅入ってしまいそうだ…