よろず屋小隊

映画、文学、時事、何でもござれ。

2時間の再現ドラマ『イミテーション・ゲーム』

"Based on true story"

「事実に基づく物語」

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映画とは本質的にはフィクションだが、時に実在の人物の生涯を脚色し、映画化することがある。所謂「実話モノ」「伝記モノ」、昔の東映でいう「実録モノ」である。

これはコンピューターの基礎を発明したことで名高いアラン・チューリングの生涯、とりわけナチスエニグマ暗号を解読した功績を中心に映画化したものだ。不遇の天才チューリングに扮するはイギリスの大スターベネディクト・カンバーバッチで、国内外の評価も高くアカデミー賞では8部門にノミネートされ脚色賞を受賞し、1400万ドルの予算で2億8500万ドルも稼ぎ出した。インディペンデント映画ながらここまでヒットし、評価されたのは主演の人気、脚本の出来、チューリングの伝記というテーマへの知名度や期待などの結果であろう。戦争映画好きとしてエニグマ暗号を扱っていることもあり、劇場で鑑賞したのだが、個人的にどうしても違和感や物語を楽しめない部分があった。ここで述べるのは非常に個人的な感想であり、異論も承知だがご容赦頂きたい。

 

チューリングの生涯といっても様々な功績やドラマがある。この映画は表向きのテーマとしてエニグマ解読劇であるが、エニグマが解読された後はチューリングの同性愛に纏わる物語に比重が置かれ、終盤に至っては彼の秘められた恋の話になって終わる。あの「クリストファー」を彼が大切に狂気すら感じさせる執念で守ろうとした理由が明かされ、静かで悲しいエンディングを迎える。それはそれで大いに結構であるし、見ていて事実なのか怪しく感じられる、リンゴを配って仲良くなる場面や、パブでドイツ人の彼女の話をヒントに暗号解読する場面なども、そもそも事実を基にしつつも大幅に脚色している映画なので、史実と異なる展開が多々あるのも仕方がないと納得できる。

しかし全編を見通して、一貫性というか、2時間の物語としての纏まりが感じられない。果たしてこの映画はエニグマ解読により終戦を早めた天才チューリングの功績を称える映画なのか、その彼や同性愛者全般に手酷い扱いをした当時のイギリス社会・法律・政府への反省の作品なのか、それとも孤高の変人チューリングの悲恋物語なのか。すべてに重点を置いたといえばそれまでだが、特徴に残らない凡庸な演出も相俟って悪い意味で記憶に残らない。戦前・戦中・戦後の三つの時系列を行き来するシャッフル演出は実際のところあまり効果はなく、戦後篇で登場する刑事はキャラクターとしてあまりにも弱く、登場する意味が感じられない。主人公の個性が際立つ余り脇役が十分に立たなかったか。

説明不足もある。映画の最後では彼の発明が現代の「コンピューター」の原型になったというテロップが出るが、それならば彼の行った研究や具体的な発明に関してもう少し説明があっても良かったのではないだろうか。専門的内容とはいえチューリング・マシンはおろか、劇中でグルグル回る解読機の構造にも一切触れられないのは明らかに消化不良だ。「イミテーション・ゲーム」という題名の意味を見終わって理解できた観客は少なかったのではないだろうか。エニグマ暗号の解読に関しても、様々なプロセスを経たものであり、解読後に如何にドイツを欺いたかなどの戦略に関してももう少し補足が欲しい。全体の利益のためにはアッサリと切り捨てるイギリスらしいドライさは筆者の大好物であり、存分に楽しめるのは良いが、ドライにしても中身が薄い。

芸術性や何か記憶に残る場面の無い、平凡な演出で実在の人物の物語を細かい場面の積み重ねで映像化した結果、『イミテーション・ゲーム』は極めて演技力の高い役者が演じている再現「ドラマ」のような印象を与える。主演や脇役含め、演技は素晴らしいが、名作や傑作と呼べるものは感じられなかった。こう言っては何だが、本作が世界中の映画祭や賞で作品賞や監督賞にノミネートされながら、脚色賞を除き殆ど受賞していないのは、こういったことを如実に示していると言えないだろうか。それでもチューリングをモデルにしつつも異性愛者に改変し、内容の浅い恋愛ドラマにしてしまった2001年のイギリス映画『エニグマ』に比べれば遥かに真摯で丁寧な映画であり、大衆受けはするのだがあと何歩か足りないのである。

 

 

最後にこれは正直一般の人にはどうでもいい点だが、戦争映画マニアとして、オープニングから最後まで記録映像をやたらめったら使い倒す演出は、低予算のインディペンデント映画という点を考慮に入れても蛇足だった。何だか安っぽく、ここも出来の良い再現ドラマと感じさせた点である。マカロニコンバットかYO!