よろず屋小隊

映画、文学、時事、何でもござれ。

話題の凡作『アメリカン・スナイパー』

クリント・イーストウッド史上最高のヒット作で、先月25日、水曜の昼間ながら丸の内ピカデリーは高齢者で賑わっていた。しかし肝心の中身といえば、過去の監督の映画を観てきた者にとっては何ら特徴のない、いつものイーストウッド映画だ。

f:id:last-panzer:20150302193746j:plain

戦地で最も多くの敵を殺害した『勇者』の苦しみはタイプこそ違えど『父親たちの星条旗』で既に実証済みで、人生の栄光と転落、苦しみに至っては『ジャージーボーイズ』『ミリオンダラー・ベイビー』などにこれでもかと描かれている。監督の十八番といっていい。親子や夫婦の愛や反発は見飽きた感すらある。尤も監督の演出は前作同様実に要所を押さえつつ、スピーディーなので気がつけば上映時間は終わっている。実に見事なもので、ハリウッド最強のジジイのパワーを見せつけてくれる。

ただ残念なことは、本作がイーストウッド作品としてはそれなりの出来ながら、戦争映画としては極めて凡庸なことだ。見ていて「またか」と思わず笑ってしまう死亡フラグ展開に、既視感バリバリの導入部、アメリカ人の大好きな『アラモ』的攻防戦、『スターリングラード』などでおなじみの優秀な敵スナイパーとの戦い、まんま『脱走特急』『ワイルドギース』な敵地脱出。戦争映画は特殊メイクやカメラワークこそリアルになる一方で、中身はすっかりネタ切れだとよく分かる。イラクを模したであろうモロッコなどでの撮影はお世辞にも良い出来ではなく、チャチなCGも相まってどこか安っぽく、全世界に衝撃を与えた『ブラックホークダウン』の足元にも及ばない。主人公の伝記映画なので他の登場人物のキャラクターは全く立たず、サッパリ盛り上がらない。もちろん監督は戦闘シーンを描く気は最初からあまりなく、あくまで『勇者』の苦しみ、家族や戦友との繋がり、或いはPTSDを描こうとしたのであろう。『父親たちの星条旗』もそういった映画であった。

特徴といえばドリルがお好きな残虐な敵が出てくる位。しかしその後の展開に然程関わるわけでもなく、消化不良である。敵側のセリフは殆ど登場せず、実質危険分子として描くあたり、イラク人を蛮族と呼んで憚らない主人公の視点がぶれずに貫かれているのかもしれない。

本人の原作を元にしており、財団の協力が不可欠なだけに、脚本に制約が多かったのかもしれない。アメリカでは差別的なアラブ人描写に批判も出ているようだが、当然の反応だろう。本作は題名の如く、アメリカ人の為の映画であることは留意しておくべきだろう。無音のエンディングはアメリカ人以外には拍子抜けでしかない。

ブラッドリー・クーパーは本人によく扮しているし、奥さんもそれなりに健闘している。本人の伝記映画としては実によく纏まっている。だがそれまでの映画であった。原作は未読なので、読んだ暁に再びブログに書こうと思う。

中東の戦争映画としては『ローンサバイバー』や『ハートロッカー』『ハートアタッカー』『ゼロダークサーティ』そして『アメリカン・スナイパー』と、一通り揃った感がある。今後新たな作品が作られるのか、気になるところだ。